く濡《ぬ》れて一本一本|下向《したむき》に垂れたところを眺めながら、
「僕の事はどうでも好いが、あなたはどうしたんです。役所は」と聞いた。すると森本は倦怠《だる》そうに浴槽の側《ふち》に両肱《りょうひじ》を置いてその上に額を載《の》せながら俯伏《うっぷし》になったまま、
「役所は御休みです」と頭痛でもする人のように答えた。
「何で」
「何ででもないが、僕の方で御休みです」
敬太郎は思わず自分の同類を一人発見したような気がした。それでつい、「やっぱり休養ですか」と云うと、相手も「ええ休養です」と答えたなり元のとおり湯槽《ゆぶね》の側に突伏《つっぷ》していた。
二
敬太郎《けいたろう》が留桶《とめおけ》の前へ腰をおろして、三助《さんすけ》に垢擦《あかすり》を掛けさせている時分になって、森本はやっと煙《けむ》の出るような赤い身体《からだ》を全く湯の中から露出した。そうして、ああ好い心持だという顔つきで、流しの上へぺたりと胡坐《あぐら》をかいたと思うと、
「あなたは好い体格だね」と云って敬太郎の肉付《にくづき》を賞《ほ》め出した。
「これで近頃はだいぶ悪くなった方です」
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