》くかつ長く、そうして誰が見ても実意の籠《こも》っているように書きたかったのだけれども、読み直して見ると、やっぱり普通の人が普通時候の挨拶《あいさつ》に述べる用語以外に、何の新らしいところもないので、彼は少し失望した。と云って、固々《もともと》恋人に送る艶書《えんしょ》ほど熱烈な真心《まごころ》を籠《こ》めたものでないのは覚悟の前である。それで自分は文章が下手だから、いくら書き直したって駄目だくらいの口実の下に、そこはそのままにして前《さき》へ進んだ。

        七

 森本が下宿へ置き去りにして行った荷物の始末については義理にも何とか書き添えなければすまなかった。しかしその処置のつけ方を亭主に聞くのは厭《いや》だし、聞かなければ委細の報道はできるはずはなし、敬太郎《けいたろう》は筆の先を宙に浮かしたまま考えていたが、とうとう「あなたの荷物は、僕から主人に話して、どうでも彼の都合の宜《い》いように取り計らわせろとの御依頼でしたが、あなたの千里眼の通り、僕が何にも云わない先に、雷獣《らいじゅう》の方で勝手に取計ってしまったようですからさよう御承知を願います。梅の盆栽《ぼんさい》を
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