とする。(おそらくはのたれ死《じに》という終りを告げるのだろう。)その憐《あわ》れな最期《さいご》を今から予想して、この洋杖が傘入の中に立っているとする。そうして多能な彼の手によって刻《きざ》まれた、胴から下のない蛇の首が、何物かを呑もうとして呑まず、吐こうとして吐かず、いつまでも竹の棒の先に、口を開《あ》いたまま喰付《くっつ》いているとする。――こういう風に森本の運命とその運命を黙って代表している蛇の頭とを結びつけて考えた上に、その代表者たる蛇の頭を毎日握って歩くべく、近い内にのたれ死をする人から頼まれたとすると、敬太郎はその時に始めて妙な感じが起るのである。彼は自分でこの洋杖を傘入の中から抜き取る事もできず、また下宿の主人に命じて、自分の目の届かない所へ片づけさせる訳にも行かないのを大袈裟《おおげさ》ではあるが一種の因果《いんが》のように考えた。けれども詩で染めた色彩と、散文で行く活計《かっけい》とはだいぶ一致しないところもあって、実際を云うと、これがために下宿を変えて落ちついた方が楽だと思うほど彼は洋杖に災《わざわい》されていなかったのである。
今日も洋杖《ステッキ》は依然とし
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