やり返そうとするのをわざと外《はず》して廊下へ出た。そうして便所から帰って夜具の中に潜《もぐ》り込む時、まあ当分休養する事にするんだと口の内で呟《つぶや》いた。
 敬太郎は夜中に二|返《へん》眼を覚《さ》ました。一度は咽喉《のど》が渇いたため、一度は夢を見たためであった。三度目に眼が開《あ》いた時は、もう明るくなっていた。世の中が動き出しているなと気がつくや否《いな》や敬太郎は、休養休養と云ってまた眼を眠《ねむ》ってしまった。その次には気の利《き》かないボンボン時計の大きな音が無遠慮に耳に響いた。それから後《あと》はいくら苦心しても寝つかれなかった。やむを得ず横になったまま巻煙草《まきたばこ》を一本吸っていると、半分ほどに燃えて来た敷島《しきしま》の先が崩れて、白い枕が灰だらけになった。それでも彼はじっとしているつもりであったが、しまいに東窓から射し込む強い日脚《ひあし》に打たれた気味で、少し頭痛がし出したので、ようやく我《が》を折って起き上ったなり、楊枝《ようじ》を銜《くわ》えたまま、手拭《てぬぐい》をぶら下げて湯に行った。
 湯屋の時計はもう十時少し廻っていたが、流しの方はからりと
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