間からの運動と奔走に少し厭気《いやき》が注《さ》して来た。元々|頑丈《がんじょう》にできた身体《からだ》だから単に馳《か》け歩くという労力だけなら大して苦にもなるまいとは自分でも承知しているが、思う事が引っ懸《かか》ったなり居据《いすわ》って動かなかったり、または引っ懸ろうとして手を出す途端《とたん》にすぽりと外《はず》れたりする反間《へま》が度重《たびかさ》なるに連れて、身体よりも頭の方がだんだん云う事を聞かなくなって来た。で、今夜は少し癪《しゃく》も手伝って、飲みたくもない麦酒《ビール》をわざとポンポン抜いて、できるだけ快豁《かいかつ》な気分を自分と誘《いざな》って見た。けれどもいつまで経《た》っても、ことさらに借着をして陽気がろうとする自覚が退《の》かないので、しまいに下女を呼んで、そこいらを片づけさした。下女は敬太郎の顔を見て、「まあ田川さん」と云ったが、その後《あと》からまた「本当にまあ」とつけ足した。敬太郎は自分の顔を撫《な》でながら、「赤いだろう。こんな好い色をいつまでも電灯に照らしておくのはもったいないから、もう寝るんだ。ついでに床を取ってくれ」と云って、下女がまだ何か
前へ
次へ
全462ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング