が、そのどこにも見出せなかったからである。彼の状袋の中に巻き納めた文句が、彼の端書よりもいかに鮮《あざや》かに、彼の変化した気分を示しているかは、実際それを読んで見ないと分らない。ここに二三通取ってある。
彼の気分を変化するに与《あず》かって効力のあったものは京都の空気だの宇治の水だのいろいろある中に、上方《かみがた》地方の人の使う言葉が、東京に育った彼に取っては最も興味の多い刺戟《しげき》になったらしい。何遍もあの辺を通過した経験のあるものから云うと馬鹿げているが、市蔵の当時の神経にはああ云う滑《なめ》らかで静かな調子が、鎮経剤《ちんけいざい》以上に優しい影響を与え得たのではなかろうかと思う。なに若い女の? それは知らない。無論若い女の口から出れば効目《ききめ》が多いだろう。市蔵も若い男の事だから、求めてそう云う所へ近づいたかも知れない。しかしここに書いてあるのは、不思議に御婆さんの例である。――
「僕はこの辺の人の言葉を聞くと微《かす》かな酔に身を任せたような気分になります。ある人はべたついて厭《いや》だと云いますが、僕はまるで反対です。厭なのは東京の言葉です。むやみに角度の多い
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