わんや後暗《うしろぐら》い関係でもあるように邪推して、いくら知らないと云っても執濃《しつこ》く疑っているのは怪《け》しからんじゃないか。君がそういう態度で、二年もいる客に対する気ならそれで好い。こっちにも料簡《りょうけん》がある。僕は過去二年の間君のうちに厄介になっているが、一カ月でも宿料《しゅくりょう》を滞《とどこ》おらした事があるかい」
 主人は無論敬太郎の人格に対して失礼に当るような疑を毛頭|抱《いだ》いていないつもりであるという事を繰り返して述べた。そうして万一森本から音信でもあって、彼の居所が分ったらどうぞ忘れずに教えて貰《もら》いたいと頼んだ末、もしさっき聞いた事が敬太郎の気に障《さわ》ったら、いくらでも詫《あや》まるから勘弁してくれと云った。敬太郎は主人の煙草入《たばこいれ》を早く腰に差させようと思って、単に宜《よろ》しいと答えた。主人はようやく談判の道具を角帯《かくおび》の後へしまい込んだ。室《へや》を出る時の彼の様子に、別段敬太郎を疑ぐる気色《けしき》も見えなかったので、敬太郎は怒ってやって好い事をしたと考えた。
 それからしばらく経つと、森本の室に、いつの間にか新ら
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