青年として大いなる不面目だと感じた。
十一
正直な彼は主人の疳違《かんちがい》を腹の中で怒《おこ》った。けれども怒る前にまず冷たい青大将《あおだいしょう》でも握らせられたような不気味さを覚えた。この妙に落ちつき払って古風な煙草入《たばこいれ》から刻《きざ》みを撮《つま》み出しては雁首《がんくび》へ詰める男の誤解は、正解と同じような不安を敬太郎《けいたろう》に与えたのである。彼は談判に伴なう一種の芸術のごとく巧みに煙管《きせる》を扱かう人であった。敬太郎は彼の様子をしばらく眺《なが》めていた。そうしてただ知らないというよりほかに、向うの疑惑を晴らす方法がないのを残念に思った。はたして主人は容易に煙草入を腰へ納めなかった。煙管を筒へ入れて見たり出して見たりした。そのたびに例の通りぽんぽんという音がした。敬太郎はしまいにどうしてもこの音を退治《たいじ》てやりたいような気がし出した。
「僕はね、御承知の通り学校を出たばかりでまだ一定の職業もなにもない貧書生だが、これでも少しは教育を受けた事のある男だ。森本のような浮浪の徒《と》といっしょに見られちゃ、少し体面にかかわる。い
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