もある。――話がつい横道へ外《そ》れた。僕は僕のこせこせしたところを余り長く弁護し過ぎたかも知れない。
 僕は今いう通り早く二階へ上《あが》ってしまった。二階は日が近いので、階下《した》よりはよほど凌《しの》ぎ悪《にく》いのだけれども、平生いつけたせいで、僕は一日の大部分をここで暮らす事にしていたのである。僕はいつもの通り机の前に坐《すわ》ったなりただ頬杖《ほおづえ》を突いてぼんやりしていた。今朝|煙草《たばこ》の灰を棄《す》てたマジョリカの灰皿が綺麗《きれい》に掃除《そうじ》されて僕の肱《ひじ》の前に載《の》せてあったのに気がついて、僕はその中に現わされた二羽の鵞鳥《がちょう》[#「鵞鳥」は底本では「鷲鳥」]を眺《なが》めながら、その灰を空《あ》けた作《さく》の手を想像に描《えが》いた。すると下から梯子段《はしごだん》を踏む音がして誰か上って来た。僕はその足音を聞くや否や、すぐそれが作でない事を知った。僕はこうぼんやり屈托しているところを千代子に見られるのを屈辱のように感じた。同時に傍《そば》にあった書物を開けて、先刻《さっき》から読んでいたふりをするほど器用な機転を用いるのを好まな
前へ 次へ
全462ページ中402ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング