人とかいうものは、ことごとく長火鉢や台所の卑しい人生の葛藤《かっとう》を超越しているのだろうか。僕はまだ学校を卒業したばかりの経験しか有《も》たない青二才に過ぎないが、僕の知力と想像に訴えて考えたところでは、おそらくそんな偉い人高い人はいつの世にも存在していないのではなかろうか。僕は松本の叔父を尊敬している。けれども露骨なことを云えば、あの叔父のようなのは偉く見える人、高く見せる人と評すればそれで足りていると思う。僕は僕の敬愛する叔父に対しては偽物贋物《きぶつがんぶつ》の名を加える非礼と僻見《へきけん》とを憚《はば》かりたい。が、事実上彼は世俗に拘泥《こうでい》しない顔をして、腹の中で拘泥しているのである。小事に齷齪《あくそく》しない手を拱《こま》ぬいで、頭の奥で齷齪しているのである。外へ出さないだけが、普通より品《ひん》が好いと云って僕は讃辞を呈したく思っている。そうしてその外へ出さないのは財産の御蔭《おかげ》、年齢《とし》の御蔭、学問と見識と修養の御蔭である。が、最後に彼と彼の家庭の調子が程好く取れているからでもあり、彼と社会の関係が逆《ぎゃく》なようで実は順《じゅん》に行くからで
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