った。自分がまだ眠られないという弱味を階下《した》へ響かせるのが、勝利の報知として千代子の胸に伝わるのを恥辱と思ったからである。
僕がこうして同じ問題をいろいろに考えているうちに、同じ問題が僕にはいろいろに見えた。高木の名前を口へ出さないのは、全く彼女の僕に対する好意に過ぎない。僕に気を悪くさせまいと思う親切から彼女はわざとそれだけを遠慮したのである。こう解釈すると鎌倉にいた時の僕は、あれほど単純な彼女をして、僕の前に高木の二字を公《おおや》けにする勇気を失わしめたほど、不合理に機嫌を悪くふるまったのだろう。もしそうだとすれば、自分は人の気を悪くするために、人の中へ出る、不愉快な動物である。宅《うち》へ引込《ひっこ》んで交際《つきあい》さえしなければそれで宜《い》い。けれどももし親切を冠《かむ》らない技巧《アート》が彼女の本義なら……。僕は技巧という二字を細かに割って考えた。高木を媒鳥《おとり》に僕を釣るつもりか。釣るのは、最後の目的もない癖に、ただ僕の彼女に対する愛情を一時的に刺戟《しげき》して楽しむつもりか。あるいは僕にある意味で高木のようになれというつもりか。そうすれば僕を愛し
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