ちゃわん》を膳《ぜん》の上に置きながら、作の顔を見て尊《たっ》とい感じを起した。
「作御前でもいろいろ物を考える事があるかね」
「私なんぞ別に何も考えるほどの事がございませんから」
「考えないかね。それが好いね。考える事がないのが一番だ」
「あっても智慧《ちえ》がございませんから、筋道が立ちません。全く駄目でございます」
「仕合せだ」
 僕は思わずこう云って作を驚ろかした。作は突然僕から冷かされたとでも思ったろう。気の毒な事をした。
 その夕暮に思いがけない母が出し抜けに鎌倉から帰って来た。僕はその時|日《ひ》の限りかけた二階の縁に籐椅子《といす》を持ち出して、作が跣足《はだし》で庭先へ水を打つ音を聞いていた。下へ降《お》りて玄関へ出た時、僕は母を送って来るべきはずの吾一の代りに、千代子が彼女の後《あと》に跟《つ》いて沓脱《くつぬぎ》から上《あが》ったのを見て非常に驚ろいた。僕は籐椅子の上で千代子の事を全く考えずにいたのである。考えても彼女と高木とを離す事はできなかったのである。そうして二人は当分鎌倉の舞台を動き得ないものと信じていたのである。僕は日に焼けて心持色の黒くなったと思われる
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