気ばかりいらいらしていけないと説明してやった。作は御隠居さまはまだ当分あちらにおいででございますかと尋ねた。僕はもう帰るだろうと答えた。

        二十九

 僕は僕の前に坐《すわ》っている作《さく》の姿を見て、一筆《ひとふで》がきの朝貌《あさがお》のような気がした。ただ貴《たっ》とい名家の手にならないのが遺憾《いかん》であるが、心の中はそう云う種類の画《え》と同じく簡略にでき上っているとしか僕には受取れなかった。作の人柄《ひとがら》を画に喩《たと》えて何のためになると聞かれるかも知れない。深い意味もなかろうが、実は彼女の給仕を受けて飯を食う間に、今しがたゲダンケを読んだ自分と、今黒塗の盆を持って畏《かしこ》まっている彼女とを比較して、自分の腹はなぜこうしつこい油絵のように複雑なのだろうと呆《あき》れたからである。白状すると僕は高等教育を受けた証拠《しょうこ》として、今日《こんにち》まで自分の頭が他《ひと》より複雑に働らくのを自慢にしていた。ところがいつかその働らきに疲れていた。何の因果《いんが》でこうまで事を細かに刻まなければ生きて行かれないのかと考えて情なかった。僕は茶碗《
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