う》するほどの物数奇《ものずき》も今の世にはありませんからね。第一|傍《はた》がそうさせないから大丈夫です」
敬太郎は森本のこの言葉を、失意のようにもまた得意のようにも聞いた。そうして腹の中で、なるほど常調《じょうちょう》以上の変った生活は、普通の学士などには送れないかも知れないと考えた。ところがそれを自分にさえ抑《おさ》えたい気がするので、わざと抵抗するような語気で、
「だって、僕は学校を出たには出たが、いまだに位置などは無いんですぜ。あなたは位置位置ってしきりに云うが。――実際位置の奔走にも厭々《あきあき》してしまった」と投げ出すように云った。すると森本は比較的|厳粛《げんしゅく》な顔をして、
「あなたのは位置がなくってある。僕のは位置があって無い。それだけが違うんです」と若いものに教える態度で答えた。けれども敬太郎にはこの御籤《おみくじ》めいた言葉がさほどの意義を齎《もたら》さなかった。二人は少しの間|煙草《たばこ》を吹かして黙っていた。
「僕もね」とやがて森本が口を開いた。「僕もね、こうやって三年越、鉄道の方へ出ているが、もう厭《いや》になったから近々《きんきん》罷《や》めよ
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