大学へかけては、席次にさほど重きをおかないのが、一般の習慣であった上、年ごとに自分を高く見積る見識というものが加わって来るので、点数の多少は大した苦にならなかった。これらをほかにして、僕はまだ痛切な恋に落ちた経験がない。一人の女を二人で争った覚《おぼえ》はなおさらない。自白すると僕は若い女ことに美くしい若い女に対しては、普通以上に精密な注意を払い得る男なのである。往来を歩いて綺麗《きれい》な顔と綺麗な着物を見ると、雲間から明らかな日が射した時のように晴やかな心持になる。会《たま》にはその所有者になって見たいと云う考《かんがえ》も起る。しかしその顔とその着物がどうはかなく変化し得るかをすぐ予想して、酔《よい》が去って急にぞっとする人のあさましさを覚える。僕をして執念《しゅうね》く美くしい人に附纏《つけまつ》わらせないものは、まさにこの酒に棄《す》てられた淋しみの障害に過ぎない。僕はこの気分に乗り移られるたびに、若い時分が突然|老人《としより》か坊主に変ったのではあるまいかと思って、非常な不愉快に陥《おちい》る。が、あるいはそれがために恋の嫉※[#「女+戸」、第3水準1−15−76]という
前へ 次へ
全462ページ中337ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング