ある。僕はいかなる意味においても家名を揚げ得る男ではない。ただ汚《けが》さないだけの見識を頭に入れておくばかりである。そうしてその見識は母に見せて喜こんで貰《もら》えるどころか、彼女とはまるでかけ離れた縁のないものなのだから、母も心細いだろう。僕も淋しい。
 僕が母にかける心配の数あるうちで、第一に挙げなければならないのは、今話した通りの僕の欠点である。しかしこの欠点を矯《た》めずに母と不足なく暮らして行かれるほど、母は僕を愛していてくれるのだから、ただすまないと思う心を失なわずに、このままで押せば押せない事もないが、このわがままよりももっと鋭どい失望を母に与えそうなので、僕が私《ひそ》かに胸を痛めているのは結婚問題である。結婚問題と云うより僕と千代子を取り巻く周囲の事情と云った方が適当かも知れない。それを説明するには話の順序としてまず千代子の生れない当時に溯《さかの》ぼる必要がある。その頃の田口はけっして今ほどの幅利《はばきき》でも資産家でもなかった。ただ将来見込のある男だからと云うので、父が母の妹《いもと》に当るあの叔母を嫁にやるように周旋したのである。田口は固《もと》より僕の父を
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