《のこ》して行ったわずかばかりの財産である。もしこの財産がなかったら、僕はどんな苦しい思をしても、法学士の肩書を利用して、世間と戦かわなければならないのだと考えると、僕は死んだ父に対して改ためて感謝の念を捧げたくなると同時に、自分のわがままはこの財産のためにやっと存在を許されているのだからよほど腰の坐《すわ》らないあさはかなものに違ないと推断する。そうしてその犠牲にされている母が一層気の毒になる。
 母は昔堅気《むかしかたぎ》の教育を受けた婦人の常として、家名を揚げるのが子たるものの第一の務《つとめ》だというような考えを、何より先に抱《いだ》いている。しかし彼女の家名を揚《あ》げるというのは、名誉の意味か、財産の意味か、権力の意味か、または徳望の意味か、そこへ行くと全く何の分別もない。ただ漠然《ばくぜん》と、一つが頭の上に落ちて来れば、すべてその他が後《あと》を追って門前に輻湊《ふくそう》するぐらいに思っている。しかし僕はそういう問題について、何事も母に説明してやる勇気がない。説明して聞かせるには、まず僕の見識でもっともと認めた家名の揚げ方をした上でないと、僕にその資格ができないからで
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