の時分持っていたならと考える事も稀《まれ》ではない。一言《いちごん》でいうと、当時の僕は父にははなはだ冷淡だったのである。もっとも父もけっして甘い方ではなかった。今の僕の胸に映る彼の顔は、骨の高い血色の勝《すぐ》れない、親しみの薄い、厳格な表情に充《み》ちた肖像に過ぎない。僕は自分の顔を鏡の裏《うち》に見るたんびに、それが胸の中に収めた父の容貌《ようぼう》と大変似ているのを思い出しては不愉快になる。自分が父と同じ厭《いや》な印象を、傍《はた》の人に与えはしまいかと苦に病んで、そこで気が引けるばかりではない。こんな陰欝《いんうつ》な眉《まゆ》や額が代表するよりも、まだましな温たかい情愛を、血の中に流している今の自分から推して、あんなに冷酷に見えた父も、心の底には自分以上に熱い涙を貯《たくわ》えていたのではなかろうかと考えると、父の記念《かたみ》として、彼の悪い上皮《うわかわ》だけを覚えているのが、子としていかにも情ない心持がするからである。父は死ぬ二三日前僕を枕元に呼んで、「市蔵、おれが死ぬと御母さんの厄介《やっかい》にならなくっちゃならないぞ。知ってるか」と云った。僕は生れた時から母の
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