そう》した。松本は白張《しらはり》の提灯《ちょうちん》や白木《しらき》の輿《こし》が嫌だと云って、宵子の棺を喪車に入れたのである。その喪車の周囲《ぐるり》に垂れた黒い幕が揺れるたびに、白綸子《しろりんず》の覆《おい》をした小さな棺の上に飾った花環がちらちら見えた。そこいらに遊んでいた子供が駆《か》け寄って来て、珍らしそうに車を覗《のぞ》き込んだ。車と行き逢った時、脱帽して過ぎた人もあった。
 寺では読経《どきょう》も焼香も形式通り済んだ。千代子は広い本堂に坐っている間、不思議に涙も何も出なかった。叔父叔母の顔を見てもこれといって憂《うれい》に鎖《とざ》された様子は見えなかった。焼香の時、重子が香《こう》をつまんで香炉《こうろ》の裏《うち》へ燻《くべ》るのを間違えて、灰を一撮《ひとつか》み取って、抹香《まっこう》の中へ打ち込んだ折には、おかしくなって吹き出したくらいである。式が果ててから松本と須永と別に一二人棺につき添って火葬場へ廻ったので、千代子はほかのものといっしょにまた矢来《やらい》へ帰って来た。車の上で、切なさの少し減った今よりも、苦しいくらい悲しかった昨日《きのう》一昨日《おと
前へ 次へ
全462ページ中266ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング