かけると、森本はあたかも酔っ払のように、右の手を自分の顔の前へ出して、大袈裟《おおげさ》に右左に振って見せた。
「それがごく悪い。若い内――と云ったところで、あなたと僕はそう年も違っていないようだが、――とにかく若い内は何でも変った事がしてみたいもんでね。ところがその変った事を仕尽した上で、考えて見ると、何だ馬鹿らしい、こんな事ならしない方がよっぽど増しだと思うだけでさあ。あなたなんざ、これからの身体《からだ》だ。おとなしくさえしていりゃどんな発展でもできようってもんだから、肝心《かんじん》なところで山気《やまぎ》だの謀叛気《むほんぎ》だのって低気圧を起しちゃ親不孝に当らあね。――時にどうです、この間から伺がおう伺がおうと思って、つい忙がしくって、伺がわずにいたんだが、何か好い口は見付《めっ》かりましたか」
正直な敬太郎は憮然《ぶぜん》としてありのままを答えた。そうして、とうてい当分これという期待《あて》もないから、奔走をやめて少し休養するつもりであるとつけ加えた。森本はちょっと驚ろいたような顔をした。
「へえー、近頃は大学を卒業しても、ちょっくらちょいと口が見付からないもんですかね
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