うですね」
 敬太郎《けいたろう》はやむを得ずこういう答をした。すると森本は自分が肱《ひじ》を乗せている窓から一尺ばかり出張った縁板を見て、
「ここはどうしても盆栽《ぼんさい》の一つや二つ載《の》せておかないと納まらない所ですよ」と云った。
 敬太郎はなるほどそんなものかと思ったけれども、もう「そうですね」を繰り返す勇気も出なかったので、
「あなたは画や盆栽まで解るんですか」と聞いた。
「解るんですかは少し恐れ入りましたね。全く柄《がら》にないんだから、そう聞かれても仕方はないが、――しかし田川さんの前だが、こう見えて盆栽も弄《いじ》くるし、金魚も飼うし、一時は画も好きでよく描《か》いたもんですよ」
「何でもやるんですね」
「何でも屋に碌《ろく》なものなしで、とうとうこんなもんになっちゃった」
 森本はそう云い切って、自分の過去を悔ゆるでもなし、またその現在を悲観するでもなし、ほとんど鋭どい表情のどこにも出ていない不断の顔をして敬太郎を見た。
「しかし僕はあなた見たように変化の多い経験を、少しでも好いから甞《な》めて見たいといつでもそう思っているんです」と敬太郎が真面目《まじめ》に云い
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