が得られるのだけれども、両方共二三日前に当分|望《のぞみ》がないと判然して見ると、ますます眼前の平凡が自分の無能力と密切な関係でもあるかのように思われて、ひどくぼんやりしてしまった。それで糊口《ここう》のための奔走はもちろんの事、往来に落ちたばら銭《せん》を探《さが》して歩くような長閑《のどか》な気分で、電車に乗って、漫然と人事上の探検を試みる勇気もなくなって、昨夕はさほど好きでもない麦酒《ビール》を大いに飲んで寝たのである。
こんな時に、非凡の経験に富んだ平凡人とでも評しなければ評しようのない森本の顔を見るのは、敬太郎にとってすでに一種の興奮であった。巻紙を買う御供《おとも》までして彼を自分の室《へや》へ連れ込んだのはこれがためである。
六
森本は窓際《まどぎわ》へ坐ってしばらく下の方を眺《なが》めていた。
「あなたの室《へや》から見た景色《けしき》は相変らず好うがすね、ことに今日は好い。あの洗い落したような空の裾《すそ》に、色づいた樹が、所々|暖《あっ》たかく塊《かた》まっている間から赤い煉瓦《れんが》が見える様子は、たしかに画《え》になりそうですね」
「そ
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