ていますね。ちょっと拝見」と云った。そうしてそれを敬太郎の手から受取って、「へえ、蛇《へび》の頭だね。なかなか旨《うま》く刻《ほ》ってある。買ったんですか」と聞いた。「いえ素人《しろうと》が刻ったのを貰ったんです」と答えた敬太郎は、それを振りながらまた矢来《やらい》の坂を江戸川の方へ下《くだ》った。


     雨の降る日

        一

 雨の降る日に面会を謝絶した松本の理由は、ついに当人の口から聞く機会を得ずに久しく過ぎた。敬太郎《けいたろう》もそのうちに取り紛《まぎ》れて忘れてしまった。ふとそれを耳にしたのは、彼が田口の世話で、ある地位を得たのを縁故に、遠慮なく同家へ出入《しゅつにゅう》のできる身になってからの事である。その時分の彼の頭には、停留所の経験がすでに新らしい匂いを失いかけていた。彼は時々|須永《すなが》からその話を持ち出されては苦笑するに過ぎなかった。須永はよく彼に向って、なぜその前に僕の所へ来て打ち明けなかったのだと詰問した。内幸町の叔父が人を担《かつ》ぐくらいの事は、母から聞いて知っているはずだのにと窘《たし》なめる事もあった。しまいには、君があんまり色
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