避けたので、時間がそれほどかからなかったせいか、松本は話の進行している間一口も敬太郎を遮《さえ》ぎらなかった。話が済んでからも、直《すぐ》とは声を出す様子は見えなかった。敬太郎は主人のこの沈黙を、感情を害した結果ではなかろうかと推察して、怒り出されないうちに早く詫《あや》まるに越した事はないと思い定めた。すると主人の方から突然口を利《き》き始めた。
「どうもけしからん奴だね、あの田口という男は。それに使われる君もまた君だ。よっぽどの馬鹿だね」
 こういった主人の顔を見ると、呆《あき》れ返っている風は誰の目にも着くが、怒気を帯びた様子は比較的どこにも現われていないので、敬太郎はむしろ安心した。この際馬鹿と呼ばれるぐらいの事は、彼に取って何でもなかったのである。
「どうも悪い事をしました」
「詫まって貰いたくも何ともない。ただ君が御気の毒だから云うのですよ。あんな者に使われて」
「それほど悪い人なんですか」
「いったい何の必要があって、そんな愚《ぐ》な事を引き受けたのです」
 物数奇《ものずき》から引き受けたという言葉は、この場合どうしても敬太郎の口へは出て来なかった。彼はやむを得ず、衣食
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