。始めのうちは小《ち》さい横町を右へ折れたり左へ曲ったり、濡れた枳殻《からたち》の垣を覗《のぞ》いたり、古い椿《つばき》の生《お》い被《かぶ》さっている墓地らしい構《かまえ》の前を通ったりしたが、松本の家は容易に見当らなかった。しまいに尋ねあぐんで、ある横町の角にある車屋を見つけて、そこの若い者に聞いたら、何でもない事のようにすぐ教えてくれた。
松本の家はこの車屋の筋向うを這入《はい》った突き当りの、竹垣に囲われた綺麗《きれい》な住居《すまい》であった。門を潜《くぐ》ると子供が太鼓を鳴らしている音が聞こえた。玄関へかかって案内を頼んでもその太鼓の音は毫《ごう》もやまなかった。その代り四辺《あたり》は森閑《しんかん》として人の住んでいる臭《におい》さえしなかった。雨に鎖《とざ》された家《いえ》の奥から現われた十六七の下女は、手を突いて紹介状を受取ったなり無言のまま引っ込んだが、しばらくしてからまた出て来て、「はなはだ勝手を申し上げてすみませんでございますが、雨の降らない日においでを願えますまいか」と云った。今まで就職運動のため諸方へ行って断わられつけている敬太郎にも、この断り方だけは不
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