おうよう》に吹かす気でいた。それのみか、彼の足の下には、スマタラ産の黒猫、――天鵞絨《びろうど》のような毛並と黄金《こがね》そのままの眼と、それから身の丈《たけ》よりもよほど長い尻尾《しっぽ》を持った怪しい猫が、背中を山のごとく高くして蹲踞《うずく》まっている訳になっていた。彼はあらゆる想像の光景をかく自分に満足の行くようにあらかじめ整えた後で、いよいよ実際の算盤《そろばん》に取りかかったのである。ところが案外なもので、まず護謨《ゴム》を植えるための地面を借り受けるのにだいぶんな手数《てすう》と暇が要《い》る。それから借りた地面を切り開くのが容易の事でない。次に地ならし植えつけに費やすべき金高《かなだか》が以外に多い。その上絶えず人夫を使って草取をした上で、六年間|苗木《なえぎ》の生長するのを馬鹿見たようにじっと指を銜《くわ》えて見ていなければならない段になって、敬太郎はすでに充分退却に価すると思い出したところへ、彼にいろいろの事情を教えてくれた護謨|通《つう》は、今しばらくすると、あの辺でできる護謨の供給が、世界の需用以上に超過して、栽培者は非常の恐慌を起すに違ないと威嚇《いかく》し
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