《まじ》っていたが、彼の敬太郎を見た眼のうちには、おやという認識はあったが、つけ覘《ねら》われているなという疑惑はさらに現われていなかった。敬太郎はようやく伸び伸びした心持になって、男と同じ側を択《よ》って腰を掛けた。この電車でどこへ連れて行かれる事かと思って軒先を見ると、江戸川行と黒く書いてあった。彼は男が乗り換えさえすれば、自分も早速降りるつもりで、停留所へ来るごとに男の様子を窺《うか》がった。男は始終《しじゅう》隠袋《かくし》へ手を突き込んだまま、多くは自分の正面かわが膝《ひざ》の上かを見ていた。その様子を形容すると、何にも考えずに何か考え込んでいると云う風であった。ところが九段下へかかった頃から、長い首を時々伸ばして、ある物を確かめたいように、窓の外を覗き出した。敬太郎もつい釣り込まれて、見悪《みにく》い外を透《す》かすように眺《なが》めた。やがて電車の走る響の中に、窓硝子《まどガラス》にあたって摧《くだ》ける雨の音が、ぽつりぽつりと耳元でし始めた。彼は携《たずさ》えている竹の洋杖《ステッキ》を眺めて、この代りに雨傘《あまがさ》を持って来ればよかったと思い出した。
彼は洋食店
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