以後、中折を被《かぶ》った男の人柄《ひとがら》と、世の中にまるで疑《うたがい》をかけていないその眼つきとを注意した結果、この時ふと、こんな窮屈な思いをして、いらざる材料を集めるよるも、いっそ露骨《むきだし》にこっちから話しかけて、当人の許諾を得た事実だけを田口に報告した方が、今更|遅蒔《おそまき》のようでも、まだ気が利《き》いていやしないかと考えて、自分で自分を彼に紹介する便法《べんぽう》を工夫し始めた。そのうち電車はとうとう終点まで来た。雨はますます烈しくなったと見えて、車がとまるとざあという音が急に彼の耳を襲《おそ》った。中折の男は困ったなと云いながら、外套《がいとう》の襟《えり》を立てて洋袴《ズボン》の裾《すそ》を返した。敬太郎は洋杖を突きながら立ち上った。男は雨の中へ出ると、直《すぐ》寄って来る俥引《くるまひき》を捕《つら》まえた。敬太郎も後《おく》れないように一台雇った。車夫は梶棒《かじぼう》を上げながら、どちらへと聞いた。敬太郎はあの車の後《あと》について行けと命じた。車夫はへいと云ってむやみに馳《か》け出した。一筋道を矢来《やらい》の交番の下まで来ると、車夫は又梶棒をとめ
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