だという疑惑を故意《ことさら》先方に与える訳になる。
 敬太郎は何気ない振をして、往来へ射す光を横切ったまま、黒い小路《こうじ》を一丁ばかり先へ歩いた。そうしてその小路の尽きる坂下からまた黒い人となって、自分の影法師を自分の身体《からだ》の中へ畳み込んだようにひっそりと明るい門口まで帰って来た。それからその門《かど》を潜《くぐ》った。時々来た事があるので、彼はこの家《うち》の勝手をほぼ承知していた。下には客を通す部屋がなくって、二階と三階だけで用を弁じているが、よほど込み合わなければ三階へは案内しない、大抵は二階で済むのだから、上《あが》って右の奥か、左の横にある広間を覗《のぞ》けば、大抵二人の席が見えるに違ない、もしそこにいなかったら表の方の細長い室《へや》まで開《あ》けてやろうぐらいの考で、階段《はしごだん》を上りかけると、白服の給仕《ボーイ》が彼を案内すべく上り口に立っているのに気がついた。

        三十二

 敬太郎《けいたろう》は手に持った洋杖《ステッキ》をそのままに段々を上《のぼ》り切ったので、給仕は彼の席を定める前に、まずその洋杖を受取った。同時にこちらへと云い
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