ながら背中を向けて、右手の広間へ彼を案内した。彼は給仕の後《うしろ》から自分の洋杖がどこに落ちつくかを一目見届けた。するとそこに先刻《さっき》注意した黒の中折帽《なかおれぼう》が掛っていた。霜降《しもふり》らしい外套《がいとう》も、女の着ていた色合のコートも釣るしてあった。給仕がその裾《すそ》を動かして、竹の洋杖を突込《つっこ》んだ時、大きな模様を抜いた羽二重《はぶたえ》の裏が敬太郎の眼にちらついた。彼は蛇《へび》の頭がコートの裏に隠れるのを待って、そらにその持主の方に眼を転じた。幸いに女は男と向き合って、入口の方に背中ばかりを見せていた。新らしい客の来た物音に、振り返りたい気があっても、ぐるりと廻るのが、いったん席に落ちついた品位を崩《くず》す恐《おそれ》があるので、必要のない限り、普通の婦人はそういう動作を避けたがるだろうと考えた敬太郎は、女の後姿を眺《なが》めながら、ひとまず安堵《あんど》の思いをした。女は彼の推察通りはたして後《うしろ》を向かなかった。彼はその間《ま》に女の坐っているすぐ傍《そば》まで行って背中合せに第二列の食卓につこうとした。その時男は顔を上げて、まだ腰もかけ
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