間ほど来たと思う時分に、わざと見たくもない硝子窓《ガラスまど》を覗《のぞ》いて、そこに飾ってある天鵞絨《びろうど》の襟《えり》の着いた女の子のマントを眺《なが》める風をしながら、そっと後《うしろ》を振り向いた。すると女は自分の背後にいるどころではなかった。延び上ってもいろいろな人が自分を追越すように後《あと》から後から来る陰になって、白い襟巻《えりまき》も長いコートもさらに彼の眼に入らなかった。彼はそのまま前へ進む勇気があるかを自分に疑ぐった。黒い中折の帽子を被った人の事なら、定刻の五時を過ぎた今だから、断念してもそれほどの遺憾はないが、女の方はどんなつまらない結果に終ろうとも、最少《もうすこ》し観察していたかった。彼は女から自分が探偵されていると云う疑念を逆に投げ返して、こっちから女の行動を今しばらく注意して見ようという物数奇《ものずき》を起した。彼は落し物を拾いに帰る人の急ぎ足で、また元の派出所近く来た。そこの暗い陰に身を寄せるようにして窺《うかが》うと、女は依然としてじっと通りの方を向いて立っていた。敬太郎の戻った事にはまるで気がついていない風に見えた。
二十九
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