ていさい》を重んずる須永のような男にできるはずがない。万一我慢してやってくれたところで、こっちから駆《か》けて行く間には、肝心《かんじん》の黒の中折帽《なかおれぼう》を被《かぶ》った男の姿は見えなくなってしまわないとも云えない。――こう考えた敬太郎はやむを得ないから運を天に任せてどっちか一方の停留所だけ守ろうと決心した。
二十六
決心はしたようなものの、それでは今立っている所を動かないための横着と同じ事になるので、わざと成効《せいこう》を度外に置いて仕事にかかった不安を感ぜずにはいられなかった。彼は首を延ばすようにして、また東の停留所を望んだ。位地のせいか、向《むき》の具合か、それとも自分が始終|乗降《のりおり》に慣れている訳か、どうもそちらの方が陽気に見えた。尋ねる人も何だか向《むこう》で降りそうな心持がした。彼はもう一度見張るステーションを移そうかと思いながら、なおかつ決しかねてしばらく躊躇《ちゅうちょ》していた。するとそこへ江戸川行の電車が一台来てずるずるととまった。誰も降者《おりて》がないのを確かめた車掌は、一分と立たないうちにまた車を出そうとした。敬太郎
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