《けいたろう》は錦町へ抜ける細い横町を背にして、眼の前の車台にはほとんど気のつかないほど、ここにいようかあっちへ行こうかと迷っていた。ところへ後の横町から突然|馳《か》け出して来た一人の男が、敬太郎を突き除《の》けるようにして、ハンドルへ手をかけた運転手の台へ飛び上った。敬太郎の驚ろきがまだ回復しないうちに、電車はがたりと云う音を出してすでに動き始めた。飛び上がった男は硝子戸《ガラスど》の内へ半分|身体《からだ》を入れながら失敬しましたと云った。敬太郎はその男と顔を見合せた時、彼の最後の視線が、自分の足の下に落ちたのを注意した。彼は敬太郎に当った拍子《ひょうし》に、敬太郎の持っていた洋杖《ステッキ》を蹴飛《けと》ばして、それを持主の手から地面の上へ振り落さしたのである。敬太郎は直《すぐ》曲《こご》んで洋杖を拾い上げようとした。彼はその時|蛇《へび》の頭が偶然|東向《ひがしむき》に倒れているのに気がついた。そうしてその頭の恰好《かっこう》を何となしに、方角を教える指標《フィンガーポスト》のように感じた。
「やっぱり東が好かろう」
 彼は早足に瀬戸物屋の前まで帰って来た。そこで本郷三丁目と
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