なかった。それで二三歩先へ出て、薬種店の方を覗《のぞ》くと、八ツ目鰻《めうなぎ》の干したのも釣るしてなければ、大きな亀の甲も飾ってないし、人形の腹をがらん胴にして、五色の五臓を外から見えるように、腹の中の棚《たな》に載《の》せた古風の装飾もなかった。一本寺《いっぽんじ》の隠居に似た髯《ひげ》のある爺さんは固《もと》より坐っていなかった。彼は再び立ち戻って、身の上判断|文銭占《ぶんせんうら》ないという看板のかかった入口から暖簾《のれん》を潜《くぐ》って内へ入った。裁縫《しごと》をしていた婆さんは、針の手をやめて、大きな眼鏡《めがね》の上から睨《にら》むように敬太郎を見たが、ただ一口、占《うら》ないですかと聞いた。敬太郎は「ええちょっと見て貰《もら》いたいんだが、御留守《おるす》のようですね」と云った。すると婆さんは、膝《ひざ》の上のやわらか物を隅《すみ》の方へ片づけながら、御上りなさいと答えた。敬太郎は云われる通り素直に上って見ると、狭いけれども居心地の悪いほど汚《よご》れた室《へや》ではなかった。現に畳などは取り替え立てでまだ新らしい香《か》がした。婆さんは煮立った鉄瓶《てつびん》の湯
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