て、敬太郎とほぼ同時に身体を拭きながら上って来た。そうして、
「たまに朝湯へ来ると綺麗《きれい》で好い心持ですね」と云った。
「ええ。あなたのは洗うんでなくって、本当に湯に這入《はい》るんだからことにそうだろう。実用のための入湯《にゅうとう》でなくって、快感を貪《むさ》ぼるための入浴なんだから」
「そうむずかしい這入り方でもないんでしょうが、どうもこんな時に身体なんか洗うな億劫《おっくう》でね。ついぼんやり浸《つか》ってぼんやり出ちまいますよ。そこへ行くと、あなたは三層倍も勤勉《まめ》だ。頭から足からどこからどこまで実によく手落なく洗いますね。御負《おまけ》に楊枝《ようじ》まで使って。あの綿密な事には僕もほとんど感心しちまった」
二人は連立って湯屋の門口《かどぐち》を出た。森本がちょっと通りまで行って巻紙を買うからというので、敬太郎もつき合う気になって、横丁を東へ切れると、道が急に悪くなった。昨夕《ゆうべ》の雨が土を潤《ふや》かし抜いたところへ、今朝からの馬や車や人通りで、踏み返したり蹴上《けあ》げたりした泥の痕《あと》を、二人は厭《いと》うような軽蔑《けいべつ》するような様子で歩い
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