、ちょっと考えて見てもむずかしそうですね」
「そうかね、僕はまたちょうど好い夫婦だと思ってるがね。親類じゃあるし、年だって五つ六つ違ならおかしかなしさ」
「知らない人から見るとちょっとそう見えるでしょうがね。裏面にはいろいろ複雑な事情もあるようですから」
敬太郎は佐伯の云わゆる「複雑な事情」なるものを根掘り葉掘り聞きたくなったが、何だか自分を門外漢扱いにするような彼の言葉が癪《しゃく》に障《さわ》るのと、たかが玄関番の書生から家庭の内幕を聞き出したと云われては自分の品格にかかわるのと、最後には、口ほど詳しい事情を佐伯が知っている気遣《きづかい》がないのとで、それぎりその話はやめにした。そのおりついでながら奥へ行って細君に挨拶《あいさつ》をしてしばらく話したが、別に平生と何の変る様子もないので、おめでとうございますと云う勇気も出なかった。
これは敬太郎が須永の宅《うち》で矢来《やらい》の叔父さんの家《うち》にあった不幸を千代子から聞いたつい二三日前の事であった。その日彼が久しぶりに須永を訪問したのも、実はその結婚問題について須永の考えを確かめるつもりであった。須永がどこの何人《なんびと》と結婚しようと、千代子がどこの何人に片づこうと、それは敬太郎の関係するところではなかったが、この二人の運命が、それほど容易《たやす》く右左へ未練なく離れ離れになり得るものか、または自分の想像した通り幻《まぼろ》しに似た糸のようなものが、二人にも見えない縁となって、彼らを冥々《めいめい》のうちに繋《つな》ぎ合せているものか。それともこの夢で織った帯とでも形容して然《しか》るべきちらちらするものが、ある時は二人の眼に明らかに見え、ある時は全たく切れて、彼らをばらばらに孤立させるものか、――そこいらが敬太郎には知りたかったのである。固《もと》よりそれは単なる物数奇《ものずき》に過ぎなかった。彼は明らかにそうだと自覚していた。けれども須永に対してなら、この物数奇を満足させても無礼に当らない事も自覚していた。そればかりかこの物数奇を満足させる権利があるとまで信じていた。
二
その日は生憎《あいにく》千代子に妨たげられた上、しまいには須永《すなが》の母さえ出て来たので、だいぶ長く坐っていたにもかかわらず、立ち入った話はいっさい持ち出す機会がなかった。ただ敬太郎《けいたろう》は偶然にも自分の前に並んだ三人が、ありのままの今の姿で、現に似合わしい夫婦と姑《しゅうとめ》になり終《おお》せているという事にふと思い及んだ時、彼らを世間並の形式で纏《まと》めるのは、最も容易い仕事のように考えて帰った。
次の日曜がまた幸いな暖かい日和《ひより》をすべての勤《つと》め人《にん》に恵んだので、敬太郎は朝早くから須永を尋ねて、郊外に誘《いざ》なおうとした。無精《ぶしょう》でわがままな彼は玄関先まで出て来ながら、なかなか応じそうにしなかったのを、母親が無理に勧めてようやく靴を穿《は》かした。靴を穿いた以上彼は、敬太郎の意志通りどっちへでも動く人であった。その代りいくら相談をかけても、ある判切《はっきり》した方角へ是非共足を運ばなければならないと主張する男ではなかった。彼と矢来の松本といっしょに出ると、二人とも行先を考えずに歩くので、一致してとんでもない所へ到着する事がままあった。敬太郎は現にこの人の母の口からその例を聞かされたのである。
この日彼らは両国から汽車に乗って鴻《こう》の台《だい》の下まで行って降りた。それから美くしい広い河に沿って土堤《どて》の上をのそのそ歩いた。敬太郎は久しぶりに晴々《はればれ》した好い気分になって、水だの岡だの帆《ほ》かけ船《ぶね》だのを見廻した。須永も景色《けしき》だけは賞《ほ》めたが、まだこんな吹き晴らしの土堤などを歩く季節じゃないと云って、寒いのに伴《つ》れ出した敬太郎を恨《うら》んだ。早く歩けば暖たかくなると出張した敬太郎はさっさと歩き始めた。須永は呆《あき》れたような顔をして跟《つ》いて来た。二人は柴又《しばまた》の帝釈天《たいしゃくてん》の傍《そば》まで来て、川甚《かわじん》という家《うち》へ這入《はい》って飯を食った。そこで誂《あつ》らえた鰻《うなぎ》の蒲焼《かばやき》が甘《あま》たるくて食えないと云って、須永はまた苦い顔をした。先刻《さっき》から二人の気分が熟しないので、しんみりした話をする余地が出て来ないのを苦しがっていた敬太郎は、この時須永に「江戸っ子は贅沢《ぜいたく》なものだね。細君を貰うときにもそう贅沢を云うかね」と聞いた。
「云えれば誰だって云うさ。何も江戸っ子に限りぁしない。君みたような田舎《いなか》ものだって云うだろう」
須永はこう答えて澄ましていた。敬太郎は仕方なしに「江戸っ子は無愛嬌
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