して、「あとは綺麗《きれい》に篩《ふる》って持って参りましょう」と云った。
四人《よつたり》は各自《めいめい》木箸《きばし》と竹箸を一本ずつ持って、台の上の白骨《はっこつ》を思い思いに拾っては、白い壺《つぼ》の中へ入れた。そうして誘い合せたように泣いた。ただ須永だけは蒼白《あおしろ》い顔をして口も利《き》かず鼻も鳴らさなかった。「歯は別になさいますか」と聞きながら、御坊が小器用に歯を拾い分けてくれた時、顎《あご》をくしゃくしゃと潰《つぶ》してその中から二三枚|択《よ》り出したのを見た須永は、「こうなるとまるで人間のような気がしないな。砂の中から小石を拾い出すと同じ事だ」と独言《ひとりごと》のように云った。下女が三和土《たたき》の上にぽたぽたと涙を落した。御仙《おせん》と千代子は箸《はし》を置いて手帛《ハンケチ》を顔へ当てた。
車に乗るとき千代子は杉の箱に入れた白い壺を抱《だ》いてそれを膝《ひざ》の上に載《の》せた。車が馳《か》け出すと冷たい風が膝掛と杉箱の間から吹き込んだ。高い欅《けやき》が白茶《しらちゃ》けた幹を路の左右に並べて、彼らを送り迎えるごとくに細い枝を揺り動かした。その細い枝が遥《はる》か頭の上で交叉《こうさ》するほど繁《しげ》く両側から出ているのに、自分の通る所は存外明るいのを奇妙に思って、千代子は折々頭を上げては、遠い空を眺《なが》めた。宅《うち》へ着いて遺骨を仏壇の前に置いた時、すぐ寄って来た小供が、葢《ふた》を開けて見せてくれというのを彼女は断然拒絶した。
やがて家内中同じ室《へや》で昼飯の膳《ぜん》に向った。「こうして見ると、まだ子供がたくさんいるようだが、これで一人もう欠けたんだね」と須永が云い出した。
「生きてる内はそれほどにも思わないが、逝《ゆ》かれて見ると一番惜しいようだね。ここにいる連中のうちで誰か代りになればいいと思うくらいだ」と松本が云った。
「非道《ひど》いわね」と重子が咲子に耳語《ささや》いた。
「叔母さんまた奮発して、宵子さんと瓜二《うりふた》つのような子を拵《こしら》えてちょうだい。可愛《かわい》がって上げるから」
「宵子と同じ子じゃいけないでしょう、宵子でなくっちゃ。御茶碗や帽子と違って代りができたって、亡《な》くしたのを忘れる訳にゃ行かないんだから」
「己《おれ》は雨の降る日に紹介状を持って会いに来る男が厭《いや》になった」
須永の話
一
敬太郎《けいたろう》は須永《すなが》の門前で後姿《うしろすがた》の女を見て以来、この二人を結びつける縁《えん》の糸を常に想像した。その糸には一種夢のような匂《におい》があるので、二人を眼の前に、須永としまた千代子として眺《なが》める時には、かえってどこかへ消えてしまう事が多かった。けれども彼らが普通の人間として敬太郎の肉眼に現実の刺戟《しげき》を与えない折々には、失なわれた糸がまた二人の中を離すべからざる因果《いんが》のごとくに繋《つな》いだ。田口の家《うち》へ出入《でいり》するようになってからも、須永と千代子の関係については、一口《ひとくち》でさえ誰からも聞いた事はなし、また二人の様子を直《じか》に観察しても尋常の従兄弟《いとこ》以上に何物も仄《ほの》めいていなかったには違ないが、こういう当初からの聯想《れんそう》に支配されて、彼の頭のどこかに、二人を常に一対《いっつい》の男女《なんにょ》として認める傾きを有《も》っていた。女の連添《つれそ》わない若い男や、男の手を組まない若い女は、要するに敬太郎から見れば自然を損《そこ》なった片輪に過ぎないので、彼が自分の知る彼らを頭のうちでかように組み合わせたのは、まだ片輪の境遇にまごついている二人に、自然が生みつけた通りの資格を早く与えてやりたいという道義心の要求から起ったのかも知れなかった。
それはこむずかしい理窟《りくつ》だから、たといどんな要求から起ろうと敬太郎のために弁ずる必要はないが、この頃になって偶然千代子の結婚談を耳にした彼が、頭の中の世界と、頭の外にある社会との矛盾に、ちょっと首を捻《ひね》ったのは事実に相違なかった。彼はその話を書生の佐伯《さえき》から聞いたのである。もっとも佐伯のようなものが、まだ事の纏《まと》まらない先から、奥の委《くわ》しい話を知ろうはずがなかった。彼はただ漠然《ばくぜん》とした顔の筋肉をいつもより緊張させて、何でもそんな評判ですと云うだけであった。千代子を貰う人の名前も無論分らなかったが、身分の実業家である事はたしかに思われた。
「千代子さんは須永君の所へ行くのだとばかり思っていたが、そうじゃないのかね」
「そうも行かないでしょう」
「なぜ」
「なぜって聞かれると、僕にも明瞭《めいりょう》な答はでき悪《にく》いんですが
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