く濡《ぬ》れて一本一本|下向《したむき》に垂れたところを眺めながら、
「僕の事はどうでも好いが、あなたはどうしたんです。役所は」と聞いた。すると森本は倦怠《だる》そうに浴槽の側《ふち》に両肱《りょうひじ》を置いてその上に額を載《の》せながら俯伏《うっぷし》になったまま、
「役所は御休みです」と頭痛でもする人のように答えた。
「何で」
「何ででもないが、僕の方で御休みです」
 敬太郎は思わず自分の同類を一人発見したような気がした。それでつい、「やっぱり休養ですか」と云うと、相手も「ええ休養です」と答えたなり元のとおり湯槽《ゆぶね》の側に突伏《つっぷ》していた。

        二

 敬太郎《けいたろう》が留桶《とめおけ》の前へ腰をおろして、三助《さんすけ》に垢擦《あかすり》を掛けさせている時分になって、森本はやっと煙《けむ》の出るような赤い身体《からだ》を全く湯の中から露出した。そうして、ああ好い心持だという顔つきで、流しの上へぺたりと胡坐《あぐら》をかいたと思うと、
「あなたは好い体格だね」と云って敬太郎の肉付《にくづき》を賞《ほ》め出した。
「これで近頃はだいぶ悪くなった方です」
「どうしてどうしてそれで悪かった日にゃ僕なんざあ」
 森本は自分で自分の腹をポンポン叩《たた》いて見せた。その腹は凹《へこ》んで背中の方へ引《ひっ》つけられてるようであった。
「何しろ商売が商売だから身体は毀《こわ》す一方ですよ。もっとも不養生もだいぶやりましたがね」と云った後で、急に思い出したようにアハハハと笑った。敬太郎はそれに調子を合せる気味で、
「今日は僕も閑《ひま》だから、久しぶりでまたあなたの昔話でも伺いましょうか」と云った。すると森本は、
「ええ話しましょう」とすぐ乗気な返事をしたが、活溌《かっぱつ》なのはただ返事だけで、挙動の方は緩慢《かんまん》というよりも、すべての筋肉が湯に※[#「火+蝶のつくり」、第3水準1−87−56]《う》でられた結果、当分|作用《はたらき》を中止している姿であった。
 敬太郎が石鹸《シャボン》を塗《つ》けた頭をごしごしいわしたり、堅い足の裏や指の股を擦《こす》ったりする間、森本は依然として胡座をかいたまま、どこ一つ洗う気色《けしき》は見えなかった。最後に瘠《や》せた一塊《ひとかたまり》の肉団をどぶりと湯の中に抛《ほう》り込むように浸《つ》け
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