その紐《ひも》の先につけた丸い珠《たま》のぶらぶら動く姿がすぐ千代子の眼に浮んだ。みんなのくれた玩具《おもちゃ》も足や頭の所へ押し込んだ。最後に南無阿弥陀仏の短冊《たんざく》を雪のように振りかけた上へ葢《ふた》をして、白綸子《しろりんず》の被《おい》をした。

        六

 友引《ともびき》は善《よ》くないという御仙《おせん》の説で、葬式を一日延ばしたため、家《うち》の中は陰気な空気の裡《うち》に常よりは賑《にぎ》わった。七つになる嘉吉《かきち》という男の子が、いつもの陣太鼓《じんだいこ》を叩《たた》いて叱られた後《あと》、そっと千代子の傍《そば》へ来て、宵子《よいこ》さんはもう帰って来ないのと聞いた。須永《すなが》が笑いながら、明日《あした》は嘉吉さんも焼場へ持って行って、宵子さんといっしょに焼いてしまうつもりだと調戯《からか》うと、嘉吉はそんなつもりなんか僕|厭《いや》だぜと云いながら、大きな眼をくるくるさせて須永を見た。咲子《さきこ》は、御母さんわたしも明日《あした》御葬式に行きたいわと御仙にせびった。あたしもねと九つになる重子《しげこ》が頼んだ。御仙はようやく気がついたように、奥で田口夫婦と話をしていた夫を呼んで、「あなた、明日いらしって」と聞いた。
「行くよ。御前も行ってやるが好い」
「ええ、行く事にきめてます。小供には何を着せたらいいでしょう」
「紋付《もんつき》でいいじゃないか」
「でも余《あん》まり模様が派手だから」
「袴《はかま》を穿《は》けばいいよ。男の子は海軍服でたくさんだし。御前は黒紋付だろう。黒い帯は持ってるかい」
「持ってます」
「千代子、御前も持ってるなら喪服を着て供《とも》に立っておやり」
 こんな世話を焼いた後で、松本はまた奥へ引返した。千代子もまた線香を上げに立った。棺《かん》の上を見ると、いつの間にか綺麗《きれい》な花環《はなわ》が載《の》せてあった。「いつ来たの」と傍《そば》にいる妹の百代《ももよ》に聞いた。百代は小さな声で「先刻《さっき》」と答えたが、「叔母さんが小供のだから、白い花だけでは淋《さみ》しいって、わざと赤いのを交《ま》ぜさしたんですって」と説明した。姉と妹はしばらくそこに並んで坐っていた。十分ばかりすると、千代子は百代の耳に口を付けて、「百代さんあなた宵子さんの死顔を見て」と聞いた。百代は「ええ」と首
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