れた蛇《へび》の頭に移った。その瞬間に、鱗《うろこ》のぎらぎらした細長い胴と、匙《さじ》の先に似た短かい頭とを我知らず比較して、胴のない鎌首《かまくび》だから、長くなければならないはずだのに短かく切られている、そこがすなわち長いような短かいような物であると悟った。彼はこの答案を稲妻《いなずま》のごとく頭の奥に閃《ひら》めかして、得意の余り踴躍《こおどり》した。あとに残った「出るような這入《はい》るような」ものは、大した苦労もなく約五分の間に解けた。彼は鶏卵《たまご》とも蛙《かえる》とも何とも名状しがたい或物が、半《なか》ば蛇の口に隠れ、半ば蛇の口から現われて、呑《の》み尽されもせず、逃《のが》れ切りもせず、出るとも這入るとも片のつかない状態を思い浮かべて、すぐこれだと判断したのである。
これで万事が綺麗《きれい》に解決されたものと考えた敬太郎は、躍《おど》り上るように机の前を離れて、時計の鎖を帯に絡《から》んだ。帽子は手に持ったまま、袴《はかま》も穿《は》かずに室《へや》を出ようとしたが、あの洋杖《ステッキ》をどうして持って出たものだろうかという問題がちょっと彼を躊躇《ちゅうちょ》さした。あれに手を触れるのは無論、たとい傘入《かさいれ》から引き出したところで、森本が置き去りにして行ってからすでに久しい今日《こんにち》となって見れば、主人に断わらないにしろ、咎《とが》められたり怪しまれたりする気遣《きづかい》はないにきまっているが、さて彼らが傍《そば》にいない時、またおるにしても見ないうちに、それを提《さ》げて出ようとするには相当の思慮か準備が必要になる。迷信のはびこる家庭に成長した敬太郎は、呪禁《まじない》に使う品物を(これからその目的に使うんだという料簡《りょうけん》があって)手に入れる時には、きっと人の見ていない機会を偸《ぬす》んでやらなければ利《き》かないという言い伝えを、郷里《くに》にいた頃、よく母から聞かされていたのである。敬太郎は宿の上り口の正面にかけてある時計を見るふりをして、二階の梯子段《はしごだん》の中途まで降りて下の様子を窺《うか》がった。
二十四
主人は六畳の居間に、例の通り大きな瀬戸物の丸火鉢《まるひばち》を抱《かか》え込んでいた。細君の姿はどこにも見えなかった。敬太郎《けいたろう》が梯子段の中途で、及び腰をして、硝子
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