そう》したものだが、洋杖が二人を繋《つな》ぐ縁に立っていると解釈しても、あるいは二人の中を割《さ》く邪魔に挟《はさ》まっていると見傚《みな》しても、とにかく森本とこの竹の棒の間にはある距離《へだたり》があって、そう一足飛《いっそくとび》に片方から片方へ移る訳に行かなかったのに、今ではそれが一つになって、森本と云えば洋杖、洋杖と云えば森本というくらい劇《はげ》しく敬太郎の頭を刺戟《しげき》するのである。その刺戟を受けた彼の頭に、自分の所有のようなまた森本の所有のような、持主のどっちとも片づかないという観念が、熱《ほて》った血に流されながら偶然浮び上った時、彼はああこれだと叫んで、乱れ逃げる黒い影の内から、その洋杖だけをうんと捕《つか》まえたのである。
「自分のような他人《ひと》のような」と云った婆さんの謎《なぞ》はこれで解けたものと信じて、敬太郎は一人嬉しがった。けれどもまだ「長いような短かいような、出るような這入《はい》るような」というところまでは考えて見ないので、彼はあまる二カ条の特性をも等しくこの洋杖の中《うち》から探《さが》し出そうという料簡《りょうけん》で、さらに新たな努力を鼓舞《こぶ》してかかった。
 始めは見方一つで長くもなり短かくもなるくらいの意味かも知れないと思って、先へ進んで見たが、それでは余り平凡過ぎて、解釈がついたもつかないも同じ事のような心持がした。そこでまた後戻りをして、「長いような短かいような」という言葉を幾度《いくたび》か口の内でくり返しながら思案した。が、容易に解決のできる見込は立たなかった。時計を見ると、自由に使っていい二時間のうちで、もう三十分しか残っていない。彼は抜裏《ぬけうら》と間違えて袋の口へ這入《はい》り込んだ結果、好んで行き悩みの状態に悶《もだ》えているのでは無かろうかと、自分で自分の判断を危ぶみ出した。出端《では》のない行きどまりに立つくらいなら、もう一遍引き返して、新らしい途《みち》を探す方がましだとも考えた。しかしこう時間が逼《せま》っているのに、初手《しょて》から出直しては、とても間に合うはずがない、すでにここまで来られたという一部分の成功を縁喜《えんぎ》にして、是非先へ突き抜ける方が順当だとも考えた。これがよかろうあれがよかろうと右左に思い乱れている中に、彼の想像はふと全体としての杖《つえ》を離れて、握りに刻ま
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