しいこの日光が、あたかも自分のために世の中を照らしているような愉快を覚えた。彼はこの間の会見で、自分に都合の好い結果が、近い内にわが頭の上に落ちて来るものと固く信ずるようになった。そうしてその結果がどんな異様の形を装《よそお》って、彼の前に現われるかを、彼は最も楽しんで待ち暮らした。彼が田口に依頼した仕事のうちには、普通の依頼者の申《もう》し出《いで》以上のものまで含んでいた。彼は一定の職業から生ずる義務を希望したばかりでなく、刺戟《しげき》に充《み》ちた一時性の用事をも田口から期待した。彼の性質として、もし成効の影が彼を掠《かす》めて閃《ひら》めくならば、おそらく尋常の雑務とは切り離された特別の精彩を帯びたものが、卒然彼の前に投げ出されるのだろうぐらいに考えた。そんな望を抱いて、彼は毎日美くしい日光に浴していたのである。
 すると四日ばかりして、また田口から電話がかかった。少し頼みたい事ができたが、わざわざ呼び寄せるのも気の毒だし、電話では手間が要《い》ってかえって面倒になるし、仕方がないから、速達便で手紙を出す事にしたから、委細《いさい》はそれを見て承知してくれ。もし分らない事があったら、また電話で聞き合わしてもいいという通知であった。敬太郎はぼんやり見えていた遠眼鏡《とおめがね》の度がぴたりと合った時のように愉快な心持がした。
 彼は机の前を一寸《いっすん》も離れずに、速達便の届くのを待っていた。そうしてその間絶ず例の想像を逞《たく》ましくしながら、田口のいわゆる用事なるものを胸の中で組み立てて見た。そこにはいつか須永《すなが》の門前で見た後姿の女が、ややともすると断わりなしに入り込んで来た。ふと気がついて、もっと実際的のものであるべきはずだと思うと、その時だけは自分で自分の空想を叱るようにしては、彼はもどかしい時を過ごした。
 やがて待ち焦《こが》れた状袋が彼の手に落ちた。彼はすっと音をさせて、封を裂いた。息も継《つ》がずに巻紙の端《はし》から端までを一気に読み通して、思わずあっという微《かす》かな声を揚げた。与えられた彼の用事は待ち設けた空想よりもなお浪漫的《ロマンチック》であったからである。手紙の文句は固《もと》より簡単で用事以外の言葉はいっさい書いてなかった。今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる四十|恰好《かっこう》の
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