ょらい》の御神籤《おみくじ》をいただいて第五十五の吉というのを郵便で送ってくれたら、その中に雲《くも》散《さん》じて月重ねて明らかなり、という句と、花|発《ひら》いて再び重栄《ちょうえい》という句があったので、物は試しだからまあ受けて見ようと云って、受けたら綺麗《きれい》に及第した時、彼は興に乗って、方々の神社で手当りしだい御神籤をいただき廻った事さえある。しかもそれは別にこれという目的なしにいただいたのだから彼は平生でも、優に売卜者《うらないしゃ》の顧客《とくい》になる資格を充分具えていたに違ない。その代り今度のような場合にも、どこか慰さみがてらに、まあやって見ようという浮気がだいぶ交っていた。
十六
敬太郎《けいたろう》はどこの占《うら》ない者《しゃ》に行ったものかと考えて見たが、あいにくどこという当《あて》もなかった。白山《はくさん》の裏とか、芝公園の中とか、銀座何丁目とか今までに名前を聞いたのは二三軒あるが、むやみに流行《はや》るのは山師《やまし》らしくって行く気にならず、と云って、自分で嘘《うそ》と知りつつ出鱈目《でたらめ》を強《し》いてもっともらしく述べる奴《やつ》はなお不都合であるし、できるならば余り人の込み合わない家《うち》で、閑静な髯《ひげ》を生やした爺《じい》さんが奇警《きけい》な言葉で、簡潔にすぱすぱと道《い》い破《やぶ》ってくれるのがどこかにいればいいがと思った。そう思いながら、彼は自分の父がよく相談に出かけた、郷里《くに》の一本寺《いっぽんじ》の隠居の顔を頭の中に描《えが》き出した。それからふと気がついて、考えるんだかただ坐っているんだか分らない自分の様子が馬鹿馬鹿しくなったので、とにかく出てそこいらを歩いてるうちに、運命が自分を誘い込むような占《うら》ない者《しゃ》の看板にぶつかるだろうという漠然《ばくぜん》たる頭に帽子を載《の》せた。
彼は久しぶりに下谷の車坂《くるまざか》へ出て、あれから東へ真直《まっすぐ》に、寺の門だの、仏師屋《ぶっしや》だの、古臭《ふるくさ》い生薬屋《きぐすりや》だの、徳川時代のがらくたを埃《ほこり》といっしょに並べた道具屋だのを左右に見ながら、わざと門跡《もんぜき》の中を抜けて、奴鰻《やっこうなぎ》の角へ出た。
彼は小供の時分よく江戸時代の浅草を知っている彼の祖父《じい》さんから、しばし
前へ
次へ
全231ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング