》なく遣《や》られた。それがため同級生は悉《ことごと》く辟易《へきえき》の体《てい》で、ただ烟《けむ》に捲《ま》かれるのを生徒の分《ぶん》と心得ていた。先生もそれで平気のように見えた。大方どうせこんな下らない事を教えているんだから、生徒なんかに分っても分らなくても構《かま》わないという気だったのだろう。けれども先生の性質が如何にも淡泊《たんぱく》で丁寧《ていねい》で、立派な英国風の紳士と極端なボヘミアニズムを合併《がっぺい》したような特殊の人格を具えているのに敬服して教授上の苦情をいうものは一人もなかった。
 先生の白襯衣《ホワイトシャート》を着た所は滅多《めった》に見る事が出来なかった。大抵は鼠《ねずみ》色のフラネルに風呂敷《ふろしき》の切れ端《はし》のような襟飾《ネクタイ》を結んで済《す》ましておられた。しかもその風呂敷に似た襟飾《ネクタイ》が時々|胴着《チョッキ》の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当時は例の鼠色のフラネルの上へ繻子《しゅす》か何かのガウンを法衣《ころも》のように羽織《はお
前へ 次へ
全13ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング