「ふふん」
「冗談か」
「どっちだと思う」
「どっちでも好いが、真面目なら忠告したいね」
「あの時僕の経歴談を聴《き》かせろって、泣いたのは誰だい」
「泣きゃしないやね。足が痛くって心細くなったんだね」
「だって、今日は朝から非常に元気じゃないか、昨日《きのう》た別人の観《かん》がある」
「足の痛いにかかわらずか。ハハハハ。実はあんまり馬鹿気ているから、少し腹を立てて見たのさ」
「僕に対してかい」
「だってほかに対するものがないから仕方がないさ」
「いい迷惑だ。時に君は粥《かゆ》を食うなら誂《あつ》らえてやろうか」
「粥もだがだね。第一、馬車は何時に出るか聞いて貰いたい」
「馬車でどこへ行く気だい」
「どこって熊本さ」
「帰るのかい」
「帰らなくってどうする。こんな所に馬車馬と同居していちゃ命が持たない。ゆうべ、あの枕元でぽんぽん羽目を蹴《け》られたには実に弱ったぜ」
「そうか、僕はちっとも知らなかった。そんなに音がしたかね」
「あの音が耳に入《はい》らなければ全く剛健党に相違ない。どうも君は憎くらしいほど善《よ》く寝る男だね。僕にあれほど堅い約束をして、経歴談をきかせるの、医者の日
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