五
「おい、もう飯だ、起きないか」
「うん。起きないよ」
「腹の痛いのは癒《なお》ったかい」
「まあ大抵《たいてい》癒ったようなものだが、この様子じゃ、いつ痛くなるかも知れないね。ともかくも[#「ともかくも」に傍点]饂飩《うどん》が祟《たた》ったんだから、容易には癒りそうもない」
「そのくらい口が利《き》ければたしかなものだ。どうだいこれから出掛けようじゃないか」
「どこへ」
「阿蘇《あそ》へさ」
「阿蘇へまだ行く気かい」
「無論さ、阿蘇へ行くつもりで、出掛けたんだもの。行かない訳《わけ》には行かない」
「そんなものかな。しかしこの豆じゃ残念ながら致し方がない」
「豆は痛むかね」
「痛むの何のって、こうして寝ていても頭へずうんずうんと響くよ」
「あんなに、吸殻《すいがら》をつけてやったが、毫《ごう》も利目《ききめ》がないかな」
「吸殻で利目があっちゃ大変だよ」
「だって、付けてやる時は大いにありがたそうだったぜ」
「癒ると思ったからさ」
「時に君はきのう怒ったね」
「いつ」
「裸《はだか》で蝙蝠傘《こうもり》を引っ張るときさ」
「だって、あんまり人を軽蔑《けいべつ
前へ
次へ
全71ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング