の坊主頭をぴしゃぴしゃと二|返《へん》叩《たた》いた。
「頭か」
「うん。相手も頭でくるから、こっちも頭で行くんだ」
「相手は誰だい」
「金力や威力で、たよりのない同胞《どうぼう》を苦しめる奴らさ」
「うん」
「社会の悪徳を公然商売にしている奴らさ」
「うん」
「商売なら、衣食のためと云う言い訳も立つ」
「うん」
「社会の悪徳を公然道楽にしている奴らは、どうしても叩《たた》きつけなければならん」
「うん」
「君もやれ」
「うん、やる」
 圭さんは、のっそりと踵《くびす》をめぐらした。碌さんは黙然《もくねん》として尾《つ》いて行く。空にあるものは、煙りと、雨と、風と雲である。地にあるものは青い薄《すすき》と、女郎花《おみなえし》と、所々にわびしく交《まじ》る桔梗《ききょう》のみである。二人は煢々《けいけい》として無人《むにん》の境《きょう》を行く。
 薄の高さは、腰を没するほどに延びて、左右から、幅、尺足らずの路を蔽《おお》うている。身を横にしても、草に触れずに進む訳《わけ》には行かぬ。触れれば雨に濡《ぬ》れた灰がつく。圭さんも碌さんも、白地の浴衣《ゆかた》に、白の股引《ももひき》に、足
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