ただ竹の中でかんかんと幽《かす》かに敲くのさ。冬の朝なんぞ、霜《しも》が強く降って、布団《ふとん》のなかで世の中の寒さを一二寸の厚さに遮《さえ》ぎって聞いていると、竹藪のなかから、かんかん響いてくる。誰が敲くのだか分らない。僕は寺の前を通るたびに、長い石甃《いしだたみ》と、倒れかかった山門《さんもん》と、山門を埋《うず》め尽くすほどな大竹藪を見るのだが、一度も山門のなかを覗《のぞ》いた事がない。ただ竹藪のなかで敲く鉦の音だけを聞いては、夜具の裏《うち》で海老《えび》のようになるのさ」
「海老のようになるって?」
「うん。海老のようになって、口のうちで、かんかん、かんかんと云うのさ」
「妙だね」
「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を明ける。ぎっぎっと豆を臼《うす》で挽《ひ》く音がする。ざあざあと豆腐の水を易《か》える音がする」
「君の家《うち》は全体どこにある訳《わけ》だね」
「僕のうちは、つまり、そんな音が聞える所にあるのさ」
「だから、どこにある訳だね」
「すぐ傍《そば》さ」
「豆腐屋の向《むこう》か、隣りかい」
「なに二階さ」
「どこの」
「豆腐屋の二階さ」
「へええ。そい
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