いやになってしまう」
「そうかね。じゃ、僕もこれから、ちと剛健党《ごうけんとう》の御仲間入りをやろうかな」
「無論の事さ。だからまず第一着《だいいっちゃく》にあした六時に起きて……」
「御昼に饂飩《うどん》を食ってか」
「阿蘇《あそ》の噴火口を観《み》て……」
「癇癪《かんしゃく》を起して飛び込まないように要心《ようじん》をしてか」
「もっとも崇高なる天地間の活力現象に対して、雄大の気象《きしょう》を養って、齷齪《あくそく》たる塵事《じんじ》を超越するんだ」
「あんまり超越し過ぎるとあとで世の中が、いやになって、かえって困るぜ。だからそこのところは好加減《いいかげん》に超越して置く事にしようじゃないか。僕の足じゃとうていそうえらく超越出来そうもないよ」
「弱い男だ」
筒袖《つつそで》の下女が、盆の上へ、麦酒《ビール》を一本、洋盃《コップ》を二つ、玉子を四個、並べつくして持ってくる。
「そら恵比寿が来た。この恵比寿がビールでないんだから面白い。さあ一杯《いっぱい》飲むかい」と碌さんが相手に洋盃を渡す。
「うん、ついでにその玉子を二つ貰おうか」と圭さんが云う。
「だって玉子は僕が誂《あつ
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