ように、こんな評を加えた事があった。その時健三は何故《なぜ》だかこの細君を痩せさせた凡《すべ》ての源因が自分一人にあるような心持がした。
 彼は書斎に入った。
 三十分も経ったと思う頃、門口《かどぐち》を開ける音がして、二人の子供が外から帰って来た。坐《すわ》っている健三の耳には、彼らと子守との問答が手に取るように聞こえた。子供はやがて馳《か》け込むように奥へ入った。其所ではまた細君が蒼蠅《うるさ》いといって、彼らを叱《しか》る声がした。
 それからしばらくして細君は先刻《さっき》自分の枕元にあった一束の書ものを手に持ったまま、健三の前にあらわれた。
「先ほど御留守に御兄《おあにい》さんがいらっしゃいましてね」
 健三は万年筆の手を止めて、細君の顔を見た。
「もう帰ったのかい」
「ええ。今ちょっと散歩に出掛ましたから、もうじき帰りましょうって御止めしたんですけれども、時間がないからって御上《おあが》りになりませんでした」
「そうか」
「何でも谷中《やなか》に御友達とかの御葬式があるんですって。それで急いで行かないと間に合わないから、上っていられないんだと仰《おっし》ゃいました。しかし帰
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